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移住者インタビュー(北原慎平)

ページID:0038539 更新日:2026年3月19日更新 印刷ページ表示

北原慎平氏

魚沼市に移住された経緯を教えてください

私の出身地は愛知県長久手市です。大学を決める際「とうだい」か、愛知県の国公立大の雄である「めいだい」と呼べる大学を中心に情報を集め、志望していました。結果、東京にある“めいだい”へ進学し「俺“めいだい”に通ってるんだ」と自慢していたのは内緒の話です。

高校生の頃から友人とともに路上でライブをするようになり、路上ライブの全盛期だった大学進学後には、ギターを本格的に始めて、中学生の頃から書き溜めた詩にメロディをつけるようになりました。「オリジナル曲が10曲できたら路上ライブをする!」と決めて、出来上がったのが2月。最寄りの駅で唄ってみたものの、寒くてほとんど人はいませんでした…

大学卒業後は、フリーターをしながら26歳ごろまで音楽活動をしていましたが、イタリア料理店でアルバイトをしていたこともあり、知り合いの社長から「音楽フェスに飲食店を出す仕事を始めるからアルバイトに来ないか」と誘われました。

当時は音楽フェスが全国各地で開催され始めた頃で、茨城県で開催された音楽フェスを皮切りに、全国の音楽フェスに出店しました。

1年後に正社員となりましたが、アルバイトの労務管理やイベントの出店申請など、膨大な仕事を何もかも一人でこなさなければならなくなり、毎日仕事に追われる日々が続いていました。そんな折に現在の妻と出会い、結婚を決意。仕事を始めて3年目の大みそかに開催された音楽フェスで「寿退社させてほしい」と社長に告げ、翌年の同音楽フェスを最後に、無事寿退社することができました。

魚沼市との繋がりは、妻が魚沼市出身だったことです。妻の両親へ結婚の挨拶をするために初めて魚沼市を訪れました。

結婚当初は、魚沼市ではなく隣の市に住み、イタリアンレストランへ勤務しました。数年後にマネージャーへ昇格しましたが、無理難題の多い仕事や失敗できない緊張感、業務過多などによって円形脱毛症になってしまい、このままでは体がもたないと感じて退職を決意しました。

魚沼市に完全移住したのは、家を建てた2015年です。

 

現在はエフエム魚沼株式会社の代表取締役でいらっしゃいますが、どのような経緯で就任されたのでしょうか

半年ほどの療養を経て、自分の体のことや、子どもが小さかったこともあり、次の仕事はこれまで経験したことがない「定時で帰ることができる仕事」に就こうと考えていました。

しかし、人と違うことはしてみたい。そんな時に見つけたのが、コミュニティFMを開局してオープニングスタッフを募集していたエフエム魚沼株式会社の求人でした。

元々ラジオを聴くのが好きで高校生の頃はよくラジオを聴いていましたし、ストリートミュージシャン時代にはラジオに出演させてもらうなど、ラジオに少なからず縁もありました。

入社直後は、魚沼市内の全世帯へ防災ラジオを配布する仕事をしました。地名も場所もわからないところが多く、地図を片手に市内全域を回ったことを思い出します。その後、ケーブルテレビ事業へ移りました。
映像制作の経験はもちろんなく、大変ではありましたが、飲食店等のサービス業に比べて子どもとの時間が多くとれるようになったことは、とても良かったです。

2023年11月には前社長の退任を受け、代表取締役に就任しました。

会社経営に携わった経験など全く無い中、就任直後から株主総会や5年に1度行うコミュニティ放送局の免許更新、ケーブルテレビの自主制作番組の終了に係る業務など、取り組まなければならないことが山積していたので、現在まで怒涛の日々を送っています。

エフエム魚沼放送機材

 

移住して良かったことを教えてください

もともと自然環境の良いところで田舎暮らしをしたいと思っていたので、理想通りの場所に暮らしています。

私には3人子どもがいます。上の2人が小さい頃は仕事に忙殺されていた時期だったので、あまり子育てに関わることはできませんでしたが、一番下の子は小さい頃から山や川に連れて行ったり雪あそびをしたりしています。魚沼は、遊ぶ場所には困りません。

保育園の待機児童問題もなく、少人数なので先生も親身になってくれます。子育てをするにもとても良い環境だと思います。

また、魚沼の人は気が良い人が多いです。初めは少し高い見えない壁がありますが、それを乗り越えた時の仲間内の結束力は素晴らしいものがあります。

 

移住して困ったことを教えてください

移住当初は雪道の運転が大変でした。

雪壁が高くて周りが真っ白なので、どこで曲がるのかもわからず、通れない道もあったりして、みんなどうやって覚えるの?と衝撃的でした。

また、自分が住む地域に対して、謙遜が過ぎる人が多いと感じています。住む人が自分の地域に魅力を感じない限り、外部からの評価は上がらないと思っています。
地域の魅力を発信する職業上、地域の人が魅力だと感じられる情報を今後も届けていきたいと思っています。
あとは、人との距離が近い分、プライバシーが守られにくいところはあります。

 

移住を検討している方へ一言お願いします

移住に対する補助金の下調べはとても重要です。

私は何も調べずに移住してきてしまったのですが、今考えれば色々な支援があったのではないかと思います。

移住してしまった後では利用できない補助金が多いので、まずは調べて行政に相談することをおすすめします!

 

―ありがとうございました

 

北原さんの自分史は、なかなか経験できないエピソードが満載で、驚きと笑いにあふれたインタビューになりました。
同様の人生を歩んだら多くの人はどこかで心が折れそうですが、苦境に立たされても「なんとかなる」と突き進み、打破してきた様は「開拓者」であり、全く狙っていないのに、気づけば人の先頭に立ってしまう北原さんは「先導者」という言葉がふさわしいと感じました。

これからも底抜けに明るい北原さんの活躍から目が離せません。

 


映像制作

北原慎平(きたはらしんぺい)
1981年生まれ。愛知県長久手市出身。
都会と田舎どちらにも暮らしてみたいと考え、東京で都会暮らしを経験した後、結婚を機に魚沼へ移住。
暮らす地域はマスオさんが多く、何かにつけて飲ミュニケーションが行われる。
魚沼市へ移住して11年目。

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